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地図を意味する言葉

地図を意味する英語はいくつかあります。一般的な地図はmap、海図はchart、市街図や建物の地図のような狭い地域の地図はplanで、さらに地図帳はatlasです。

map
mapの語源はラテン語のmappa mundiです。mappaは「テーブルクロス」「ナプキン」、mundiは「世界の」「宇宙の」という意味です。つまりmappa mundiは「世界を描いた布片」「世界地図」という意味だったのですが、このmappa mundiがフランス語経由で英語に入ってmappamondeとなり、これがさらに変化してmap「地図」となったのです。なお今のイタリア語でも、mappaには「地図」のほかに「テーブルクロス」や「頭に巻く布」という意味があります。

chart
chartは海図のほか、地勢図・天気図・航空図など、特殊な事項を記した地図を意味します。これはギリシア語で「紙」を意味するkhartesに由来するラテン語のchartaから、さらにフランス語を経て英語に入ったものです。もともとは紙に書かれた地図という意味だったのですが、やがて地図の中でも海図や航空図という意味で用いられるようになりました(『英語語義語源辞典』三省堂)

chartaに由来する言葉で、地図関係の単語は他にもあります。cartographyは「地図作成(法)」「地図学」という意味です。またcartographで地図を意味しますが、あまり使われていないようです。さらに、cartogramという地図があります。統計を表した地図で、「統計地図」という訳語もありますが「カルトグラム」の方が一般的なようです。

「地図好き」を意味する一般的な英語はmap loverやmap freakですが、少し気取った言い方ではcartophileという言葉があります。phileはもともとギリシア語で「~を好む人」という意味です。
ただこの言葉は英語でもあまり一般的ではないようです。bibliophile(本好き、愛書家)などは辞書に載っていますが、cartophileが載っている辞書は見たことがありません。

他の言語で地図を意味する言葉を見てみると、フランス語ではcarte、ドイツ語ではKarte、イタリア語ではmappa、スペイン語ではmapaです。いずれもchartやmapと語源は同じです。

atlas
地図帳のatlasは、ギリシア神話で天空をかつぐ巨人のことで、メルカトル図法で有名なメルカトルが地図帳を作る際、地図帳に巨人アトラスの絵を載せたために地図帳をアトラスと呼ぶようになったと一般には言われています。
ところが、これは正確ではありません。

アトラス

実際には、メルカトルが地図帳に載せたのは、古代アフリカの地中海沿岸にあった王国マウレタニアの伝説的な王アトラスの絵でした。伝説によれば、アトラスは数学者・哲学者で、地球儀と天球儀を世界で初めて作った人物ということになっています。メルカトルの死の翌年刊行された地図帳は、メルカトルの遺志によって『アトラス、または世界の創造と創造された世界の姿についての宇宙誌学者(コスモグラファー)の考察』(1595年)と名づけられましたが、それはこちらのアトラスを意味してのことだったのです。

メルカトルの地図帳『アトラス』の扉絵(Wikimedia Commons)を見れば、そのことは明白になります。二つの地球儀(天球儀?)をもった人物が描かれていますが、彼はそれを肩にかつぐのではなく、一つは足元に、もう一つは足の上に置いています。どう見てもギリシア神話のアトラスではありません。

もっとも、ギリシア神話のアトラスが地図帳と関連付けられていたのも確かです。初めてギリシア神話のアトラスと地図帳を結びつけたのはローマのラフレリで、彼は自分の地図帳の表紙に巨人アトラスの絵を載せました(1572年)。ただし、地図帳の名前にはアトラスという言葉は使っていません。

地図帳がatlasと呼ばれるようになったのは、あくまでもメルカトルの地図帳『アトラス』がきっかけです。ですが、ラフレリ以来地図帳にギリシア神話のアトラスの絵が用いられることが多くなり、このことが後にマウレタニアの王アトラスとギリシア神話のアトラスとを混同する誤解を産む原因となったのです。

絵図と地図
一方日本語では、江戸時代までは地図は一般に「絵図」と呼ばれていました。もっとも、地図という言葉もなかったわけではありません。もともと地図は漢語にあり、古くは『戦国策』の中に「天下地図」という言葉が登場しています。日本でも『東南院文書』の中に、既に767年に地図という言葉が使われた例があります。また、江戸時代の随筆『文会雑記』の中に「予、地図を観ることを好む」という記述もあります(『日本国語大辞典』小学館)

このように一部では地図という言葉も使われていましたが、絵図から地図への流れを作ったのは18世紀後半の長崎のオランダ通辞(通訳)です。彼らは、オランダ語のkaartの訳に地図という言葉を用いましたが、その後これが絵図に替わって徐々に一般的になっていきました。やがて明治になると学校教育の場で地図という言葉が使われるようになり、地図が定着するとともに絵図は姿を消します。

参考文献:織田武雄『古地図の博物誌』古今書院

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最終更新日:2009/8/10
公開日:2008/12/4